読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

さくらメモ

こども・本・たべもの・散歩・ネタになるものもろもろ

自我の目覚めとイヤイヤの狭間で(2歳2ヶ月)

インフルエンザで早めの冬休みに入って以後、その前の土日祝休みを入れると、実に13日間保育園お休みだった息子。

f:id:sakura_ink:20170106051902j:image

この間母ちゃんとずっとべったりだったかというとそうでもなく、クリスマスな三連休は父ちゃんやばあちゃん(義母さん)も一緒だったし(結果、ばあちゃんもインフルエンザにかかるというオチ…)、息子がインフルエンザに罹ってからは、父ちゃんと私とで仕事を半日ずつ休んだりで、交代で家にいたりした。

なので、実質丸一日息子と2人っきりなのは数える程しかないのだけれど、体調を崩した延長線上なのか、まー機嫌が良くない。例え機嫌が良かったとしても、息子から繰り出されるリクエストやら要望が、「ちょっと石油王に会って、一緒に居酒屋で呑んできて」クラスに無茶振りだったりする。

いや、実際のところは「だっこして」みたいに、もっと物凄くシンプルな要望だったりもするのだけど、息子自身もだんだん「自分が求めることの詳細を伝える」という手段を得られるようになってきたので、それにいちいち対応していてはこちらも持たない。向こうも「どこまで要望に応えてくれるのかな?」と、こちらを試しているフシはあると分かってはいるのですが。

少し前までは「自分がこうやりたい」という気持ちを持っていたとしても、自分が求める結果へどう導いていけばゴール出来るか、というのがまだ分からない様子だった。なので、あれこれ言うのだけど、目的を見失ったのか、自分でもだんだん何がやりたいのか分からなくなって「うーっ!」となる。

私自身もそんなことがあったりはするので、「しょうがないよなー」と思ったり、「思考の迷子」になるのをいいことに、しれっと「親にとって都合のいいストーリー」に仕向けようとしたりしていた。

それが、最近だと「自分はこうしたい!」というゴールがハッキリと分かってきたこと、そこにたどり着くためにはどういう手段を取ればいいか、どんな風にすれば相手に伝わるのか。息子自身も努力してるんだなあという姿が大分見えるようになってきた。今までは誤魔化しが効いていた「大人にとって都合のいいストーリー」も、理由なくは使えなくなってきた。こちら側が求める要望と理由を伝えるようにしなければ成立しなくなってきた。もはや交渉の域である。

しかしながら、2歳児には発達上「我慢」と「妥協」の二文字がするっと伝わるわけでも納得できるわけでもなく、お互い「これは出来る」「これは出来ない」のやり取りを繰り返していって、親子ともに出来ることのボーダーとか許容範囲とかを探って行くのだと思う。

f:id:sakura_ink:20170106053958j:image

という思いに今こうやって私自身もたどり着くことが出来たのだけれども、実際のところを言えば、朝ごはんを食べようと手ごろなお皿に入れたら、「くまちゃんのおさらにいれてー!」と訴えられ、自宅出発予定時間まで残り40分な状況でなんとかくまちゃんのお皿を探し出し、息子に差し出したら、「これじゃない!あおいくまちゃんじゃなくてあかいくまちゃんのおさらなのー!!」と激怒され、部屋中探し回って、ダイニングテーブルの片隅に置かれたあかいくまちゃんのお皿を見つけて、ようやくご機嫌になった息子の姿があったり、保育園帰りに(息子の要望で)寄ったコンビニで「きょうこれたべるの」とチルド麺を購入。帰宅して一口食べてみたらば、「これなんかやだ」で返品完了。食べていた鰯のソテー(気に入った)が半分に割れてしまって、「がっちゃん(割れる前の元の状態に合体)してーー!!」と訴えられ、そりゃ無理だよと改めて焼き直したソテーを差し出したら「これじゃない!これじゃない!」と言われ、鰯を表に返したり裏に返したりして、自分が求める姿を探し、一瞬納得しそうになるも「がっちゃんしてーー!!おさかなかえしてーー!!」と大激怒(最終的には焼き直したソテーを食べた)。

久しぶりの仕事で自分の調子が戻ってない中の、なかなかなジャブが繰り出された仕事初めでした。いつもならこれに「自転車乗りたくないー!!バスで行くー!!バスもイヤー!!クルマでいくー!!」なやりとりが加わります。最近Twitterで「決断しなければならない場が増えると思考が消耗する」的なツイートを見かけますが、自分だけではどうにもならない決断の場が増えていくのも、父ちゃん母ちゃんが消耗していく一因なんだなと改めて気づかされる。

いやしかし、義妹ちゃんと「こういう時って義姉さんはどうでした?」と的な育児トークをしていた時に、パッと事例が思い出せなかったり、例え半年前のことであっても、なんだかもうあの頃が忘却の彼方で、既に美しい思い出と化しているもんで、義妹ちゃんに上手いこと伝えられないのがなんだかなあだったりするので、こうやって自分の熱が冷めていないうちに書き散らすことこそ、このメモがある所以なんだよなあと思ったりする。

まとめると、4時から大泣きと「母ちゃんここにきて、ここに立ってて」とかなかなかな無茶振りを繰り出されて、ブチ切れた母の吐き出し場なのであった。今日も育児とお仕事頑張るぞー!